シンポジウム「金沢が育んだ加賀宝生の魅力」開催報告
去る10月6日に金沢21世紀美術館で開催されたシンポジウム、「金沢が育んだ加賀宝生に魅力―無形文化遺産の継承を考える―」の概要を御報告します。このシンポジウムは本事業の連携先の一つである、金沢市の金沢能楽美術館の開館1周年を記念する行事でもあります。金沢市には会場を御提供いただき、本事業と共同で講師を依頼するなど、準備段階から当日の会場運営まで、金沢能楽美術館を挙げて御協力くださったことを明記して、感謝申し上げる次第です。なお当日は約70人の来場者がありました。
このテーマでシンポジウムを開催するに当たり、金沢大学からは、「能楽」を国の立場で普及振興する最前線、国立能楽堂で企画制作を担当なさっている諸貫洋次主任、「能楽」の音楽・演出が御専門で、東京文化財研究所で音声・映像の記録を御担当の高桑いづみ室長に、また金沢能楽美術館からは、金沢能楽会副会長、宝生流シテ方の渡邊容之助氏に、適任の方々として講師を依頼し、さらに金沢大学からは本事業の西村が、また金沢能楽美術館からは藤島秀隆館長が加わる形で、「加賀宝生」の内と外から魅力を探り、無形文化遺産の継承を考える場としました。各氏の講演・発言の詳細や配付資料等は、現在作成中の冊子版の報告書をごらんいただくことにして、ここにはそれぞれの要点を略記しておきます。 (以下、講演・発言順です。)
西村は本事業の連携先、金沢市による「無形文化遺産保護」の事例として、昭和25年の「加賀宝生」の金沢市記念文化財指定を取り上げ、その指定理由書を手がかりに「加賀宝生」という言葉の意味やその実質を明確にすることをめざしました。2巡目の発言は、20数年来、金沢大学宝生会の顧問を務めて、年々会員が減少する様子を見ていることが背景にあります。「継承の危機」の認識は金沢能楽会でも共有され、現代「加賀宝生」の内部から、種々の分析や提言が行われています。たとえば『金沢能楽会百年の歩み下巻』に掲載された能楽師諸氏による座談会を併せてごらんください。
諸貫洋次氏からは、国立能楽堂における普及振興のためのさまざまな事業を御紹介いただきました。石川県立能楽堂や金沢能楽美術館でも同種の事業は行われています。異流共演(立合能)や新作能・狂言の上演は魅力的ですが、地方ではその実現までに何かと困難が予想されます。むしろ定例公演・普及公演・企画公演等、地方でも可能な、一般的な公演の企画力を高めることが、普及振興にとって大切であると受け止めました。「加賀宝生の魅力」の訴え方には、新しい感覚が必要かも知れません。「世界遺産」論議については、歴史も現在も、名人も素人も、風土(地方)も含めて、総体で「能楽」をとらえたいと、私も考えています。
高桑いづみ氏からは、金沢が育んできた囃子――とくに金春流の大鼓、観世流の小鼓、葛野・石井両流の大鼓――のそれぞれの特徴や交流のさまを、加賀藩ゆかりの貴重な資料の呈示を交えて解説していただきました。謡と囃子の合わせ方に演者間の解釈の衝突があり、流儀の主張がうかがえるとのお話を聞いて、能の楽しみ方の幅が広がったと思われた方も多いでしょう。芸の変遷を文献でしか追跡できていない私にも、新鮮な体験となりました。その変遷をこうして資料や実演(その記録)に基づき、具体的に把握することが、「変化を認めながら守っていく」という継承姿勢の前提になると感じられました。
渡邊容之助氏からは、長年の御自身の歩みに「加賀宝生」のエポックを重ねる形で、戦前から戦後間もない頃のことを回顧していただいた。幼少年期の鮮やかな記憶は、現代「加賀宝生」の展開を肉声でよみがえらせて、これも文献の限界を補う貴重な証言です。渡邊氏はまた、日頃、文献の収集や記録の保存を心掛けておられて、主宰する荀宝会の会史もまとめておられます。たっぷりと時間を割いて、資料とつき合わせながら、聞き書きを編集することも、本事業の課題になり得るのではないかと思われました。風土に育まれ、身体に染み込んだ謡や舞の味わいを、地酒のそれにたとえた発言も、強い印象を残したことでしょう。
藤島秀隆氏からは、主として加賀藩時代の謡文化の流布について、専門の民俗学的知見や最新の翻刻資料に基づき、明快な御説明をいただきました。藩主主催の大がかりな催し(式楽的催能)に関しては、すでに諸書に多彩な記述を見ますが、まさに空から謡が降るように、将軍から藩主へ、藩主から上級武士へ、出入りの商人や中下級武士へ、町人へと、古典芸能のたしなみが社交や出世、商売の手段として流布するさまを、こうした視点や資料から解明し、無形文化遺産の総体を底辺で把握する試みは、近現代の能楽史記述においても踏襲されてよいことに思われました。
以上、各氏の講演・発言の内容を要約し、私なりの感想を添えました。このシンポジウムで提起されたさまざまな問題や視点を踏まえて、さらに本事業の他分野における成果も踏まえながら、「能楽」を事例とする無形文化遺産保護と新文化伝統創出の事業を推進してゆくつもりです。御意見、御示唆をお待ちします。よろしくお願いいたします。(西村 聡)