シンポジウム「日中両国の方言の過去、現在、未来」開催報告

2007/12/09

去る11月23日に金沢大学サテライトプラザで第二回公開シンポジウム「日中両国の方言の過去、現在、未来」が開催されました。当日は、約40名の来場者がありました。

このシンポジウムは、日中連携融合事業の一つの柱である『漢語方言地図集』編纂・出版プロジェクトの一環として、連携の実質化を目的として開催されたものです。同地図集は、現在、北京語言大学語言研究所によって急ピッチで進められていますが、金沢大学側は日本の研究のノウハウと実績を生かして、これに協力しています。

シンポジウムは、第一部「中国」、第二部「日本」、第三部パネルディスカッションの三部構成で進められ、予定の時間を超過して約4時間半にわたって行なわれました。

冒頭、久保田文学部長より挨拶がありました。

第一部「中国」

  • 曹志耘 (北京語言大学語言研究所所長)  「『漢語方言地図集』の概要」
  • 劉暁海 (北京語言大学語言研究所研究員) 「『漢語方言地図集』と漢語方言地理情報システム」
  • 趙日新 (北京語言大学語言研究所教授)  「中国農村地域における伝統方言保存の現状」

曹志耘氏は『漢語方言地図集』編纂の責任者です。講演ではまず、本地図集が中国で初めて編纂される本格的な方言地図集であること、その意義は19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパで編纂された『ドイツ言語地図』(Wenker地図)、『フランス言語地図巻』や我が国の『日本言語地図集』(1966-1974)にも匹敵することが、中国語方言研究の歴史に言及しながら紹介されました。次に、本地図集編纂の経過と内容が紹介されました。編纂事業は、2001年12月教育部の人文社会科学研究“十五”計画課題の一つとして採択されてスタートしました。調査活動は46人の専門家によって4年にわたって続けられ、調査対象となったのは漢語を常用する約2000地点(県)のうち930地点で、調査項目は単字425項目、語彙14類470項目、文法65類110項目の計1005項目に及び、100万箇条以上のデータが収集されました。データ整理、語形分類はほぼ完了し、作図作業も大詰めを迎えています。明年3月には音韻巻2冊,語彙巻2冊、文法巻1冊の3巻5冊からなる地図集が刊行される予定です。

劉暁海氏は、『漢語方言地図集』の作図面での技術担当者です。講演では、方言調査データを地理情報システム(GIS)内でどのように分析処理するかについて具体的に紹介されました。

趙日新氏は、『漢語方言地図集』編纂における副責任者格です。講演は本連携事業の重要なテーマである「保存」に関するものでした。中国農村において標準語(普通語)の普及が遅れ、伝統方言が残されている点について、学校教育の現場や人々の意識のあり方がリアルに語られました。また都市に流入する農民労働者の標準語・方言使用と意識についての実態報告は、日本の40年前を彷彿とするようでした。

第二部「日本」

  • 大西拓一郎 (国立国語研究所主任研究員) 「日本の言語地理学の歩み」
  • 新田哲夫 (金沢大学文学部教授)  「言語島について」

大西拓一郎氏は1989年~2006年に刊行された国立国語研究所『方言文法全国地図』(GAJ)の編集責任者です。講演では、方言地理学に関する研究史と、GISを利用した研究成果や展望についてご紹介いただきました。日本では20世紀初頭に方言分布の基本が発見されたこと、1960年以降、言語地図の分布から言語変化を読み取る具体的な手法が編み出され、それが国立国語研究所による全国2400地点を対象とした『日本言語地図』(LAJ)として結実したこと、それがきっかけとなって1970年代から1980年代にかけて日本の言語地理学は最盛期を迎えたこと。また『方言文法全国地図』(GAJ)編纂の経験をふまえながら、GISによって方言情報を地理情報や地域社会の特性といった他の情報と結びつける最新の手法についてお話いただきました。

最後の講演者、新田哲夫氏は金沢大学日中無形文化遺産研究会のメンバーです。言語島とは、ある地域の方言がその周囲とは著しく異なる特徴を有し、地理的には陸続きであっても、言語の特徴からすれば、ちょうど絶海の孤島のようにみえる地域のことをいい、今回は石川県白峰方言、長野県秋山郷方言、東京都八丈島方言の3つが取り上げられました。言語島には、一般的に、周囲の方言では失われた古い特徴が残ったものと、その地域で独自の発達を遂げたものの両方があるが、その判断は非常に難しいとの指摘でした。

パネルディスカッション

5人の講演者に再度登壇していただき、石汝傑(熊本学園大学)、中井幸比古(神戸外国語大学)、秋谷裕幸(愛媛大学)、 胡士雲(四天王寺国際大学)のコメンテーター4氏(うち石、秋谷、胡の3氏はいずれも『漢語方言地図集』の調査担当者)及び一般参加者との間で活発な議論が展開されました。主な論点は下記の通りです。

  • 『漢語方言地図集』出版の意義。
  • 『漢語方言地図集』の特徴、関連して“解釈地図”と“資料地図”の違いと評価。
  • 危機に瀕する農村方言をいかに保存していくか。関連して、中国の学校教育における方言と標準語の使用状況、マスメディアの普及状況と方言の関係、方言変質の具体的な過程。
  • 方言調査資料の電子化、非言語情報のGISへの取り込み、総合的な人文科学データベースの可能性への展望。
  • 日本語方言の地域差の歴史的、社会的要因、言語島に見られる特異現象等。

トピックスは多岐にわたり、1時間余りではもとよりすべてを議論し尽くすことは不可能でした。今回のシンポジウムを契機により実質的な交流と連携を図りたい、というのが参加者の共通認識になったと思います。